2025年07月23日
_ 母校に行ってきた
用あって久々に母校に行ってきた。少し前は毎年のように7、8人で集まって母校に行っていたけど、みんな忙しくなって住む場所もばらばらになって、いつの間にかそんな恒例行事もなくなってしまった。だから、数年ぶりといっても久々のように感じられた。
変わらないものが多くて懐かしい気持ちになった。 むろん金欠な学校の設備は全然変わっていない。友人が大声でバイクの真似をしていた渡り廊下。無機質な寮の建物。ボロボロの部室棟。駐輪スペース所狭しと並ぶ野晒しの自転車。夕立が来る前の雨の匂い。
購買へ行くと、あの頃のようにカップ麺や菓子が所狭しと並んでいた。バカやってた友人が昼になると一転して真剣にマルちゃん製麺かカップヌードルかとか言って何分も悩んでいたこと(この友人はいつも決まってフライドポテトも一緒に買っていたのだが、毎回しょっぱくて押し付けてくる奴だった)、1限終わりにダッシュして唐揚げ棒争奪戦を繰り広げていたこと、体育の終わりにアイスを買って授業までの短い時間で急いで食べたこと、などなどがありありと思い出されてくる。購買のおばちゃんは未だ現役で働いていて、あの頃のように学生とジョークを飛ばし合っていた。そのおばちゃんはぼくらのことを覚えていた(思い出すのに時間がかかったみたいだけど)。びっくりした。 学食の前を通って、何々先生がいつも食べていたそばが全然値上がりないじゃん!とこっちにもびっくりしたり。
学科棟へ行ってみると、よくたむろっていた友人の研究室は未だに狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めになって学生が廊下まで聞こえる声でしゃべっていた。 世話になった教員にも挨拶してきた。教員は変わらず元気だった。指導教員はあの頃から変わらずおしゃべりで「あいつは何々をしてるらしい」と僕らの同級生の近況を聞かせてくれた。
変わっているものもあった。
文化祭の担当者説明会ぐらいでしか全然使われていなかった学校の中くらいの大きさの会議室は、いつの間にか3Dプリンターや全身3Dスキャン設備の整った計算機室に進化していた。
学校の周りにはピカピカのドラッグストアやマンションが建っていた。
近くのラーメン屋はモバイルオーダー制になってキャッシュレスにも対応していた。
一番びっくりしたのは、学生間ではTwitterが流行っていないようだった。 先輩が学生総会や避難訓練をツイキャスしていたり、ハッシュタグ「茶番学生総会」や「茶番避難訓練」と呟いて盛り上がっていた、そんな僕らの学生生活はTwitterなしでは考えられないから、びっくりだ。 もうTwitterもTwitterではなくなってしまったし。
懐かしい風景、情景を思い出してたら、前の自分は今より頑張っていたなあ、今も負けないよに頑張らなければなあ、と思うのであった